選手に「自ら学ばせる」指導に役立つボトムアップの考え方

こんにちは、スポーツメンタルトレーニング指導士の河津です。

コーチングの領域で、最近は「教える」のではなく、選手自ら「学ぶ」というふうに仕向けなければいけないというような話がありますが、今回はその根拠となるような情報を提供します。

とはいうものの、コーチとして「教える」という仕事は少なからずあるだろうと私は思っておりますので、何をどのくらい教えたら良いのだろうか?ということも併せて考えます。

「教える」≒「トップダウン」、「学ぶ」≒「ボトムアップ」

今回のお話の核となる言葉はズバリ「トップダウン」と「ボトムアップ」というもの。

「トップダウン」というのは、企業を例にして言うなら上層部が意思決定をし、社員はそれに従うというやり方。

つまり、スポーツの現場ではコーチが、「ああしろ」「こうしろ」、といろいろ指示を伝えて選手に実行させるということです。つまりは一般的に「教える」というイメージが強くなりますね。

「ボトムアップ」というのは、企業を例に言うなら、社員一人一人が意見を出し合い、意思決定をしていくというやり方。

スポーツ現場では、選手自身が分析、考察、練習の構築などをやっていくということです。こちらは、選手自ら「学ぶ」というイメージが強いと思います。

選手に学ぶ姿勢を作りたいならボトムアップに目を向けよう!!

近年(と言ってもすでに10年は経っているんですが)、科学の世界では「トップダウン」アプローチから「ボトムアップ」のアプローチへとシフトチェンジ(考え方の変化)が起こっていて、急速にテクノロジーが発達しています。

わかりやすい例としてロボット工学の分野。今ロボットの歩行技術が急速に進歩している要因のひとつとしてそのシフトチェンジがあります。

これまで、ロボットに歩行をさせる時というのは、ロボットの脳(AI)に歩行の情報をプログラミングする(つまりは教える)ことでその動きを実行させていました。

しかしこのやり方の場合、例えば少し道が傾いていたら、道に障害物があったとしたら、その時用のプログラムを改めて入力しなければいけません。

障害物の高さや、道の傾き方、それ以外の要素なども含めたらいったいどれほどのプログラムを入力しなければいけないでしょうか?その複雑さがまさにトップダウンの限界点でもあります。

その難点を突破したのがボトムアップアプローチということです。まずはこの動画をご覧ください。

この動画に登場するロボットは6本足の昆虫のような形をしていますね。すいすい障害物を乗り越えて歩行するその姿は昆虫のようなそれらしい動きをしています。

よっぽど複雑なプログラミングがされているのかと思いきや、このロボットにプログラミングされたルールはたったふたつ。

「足に何か当たったらよける」
「そうでなければ足を動かし続ける」

これだけです。(ロボットの足にはセンサーがついていて障害物を探知します)

つまり、「障害物をよけながらスムーズに歩く歩き方」がプログラミングされているわけでなく、「ただ目の前にあるものをよけていたらそうなっている」ということが言えます。

これがボトムアップアプローチの考え方ということですね。さらにもう少し進んだ考え方になるともっと大雑把に「学ぶ」ということをプログラミングする(つまりは経験から学ぶという簡単なフィードバックプログラムのみを搭載する)だけであとはロボット自身が性能を向上させるというものです。

この能力を搭載したのがアティラというロボット、このロボットにスイッチを入れたその直後は歩行することもままならないものでした。はじめはよたよたと頼りなく動いているのですがしばらくすると足の動かし方すら自分で学びそのうちきびきびと歩くようになってきます。

その後は自分が誕生した研究所内を自由に動き回り、試行錯誤を繰り返し、世界の歩き方を学んでいきます。これはすなわち赤ん坊が歩くことを覚えるのと一緒です。

ロボットは生物から「学ぶ」ということを学んだということですね。

コーチはどこまで「教え」たら良いの?

ロボットは生物から学ぶこと、つまりは経験からフィードバックを得て学習するということを学んだと言いましたね。ということは生物である人間にもこのフィードバック機能は備わっているということです。

人間が運動を覚える過程で活躍する小脳の「内部モデル」におけるフィードバックの話についてはこちらの記事を参照ください。

スポーツの上達のコツ

とはいうものの、コーチとしては選手をただほったらかしにしていればいいというわけでもありません。スポーツ選手が習得しようとするスキルは歩行よりも複雑なものです。

それを選手の力だけで学習するのはやはり少し時間がかかるもの、ここにコーチの腕の見せ所があります。

ミスタージャイアンツ長嶋茂雄氏がミスタータイガース掛布雅之氏に電話でバッティング指導した時のエピソードが非常に参考になります。

どんな話かというと・・・

評論家になった長嶋氏に、ある日、掛布雅之選手から電話がかかってきました。スランプに陥った掛布選手は、少年時代から憧れていた長嶋氏に、助言を求めたのでした。

「今、そこにバットある?」

長嶋氏の言葉に、掛布選手は急いでバットを持ってきて電話口へ戻りました。

「じゃあ、ちょっと素振りしてみて」

電話で話している長嶋氏には音しか聞こえません。掛布選手は仕方なく素振りしてみました。

「駄目だ。もっと無心になって振らないと」

長嶋氏は、音だけ聞いて掛布選手に指導します。

「そうだ。そのスイングだ。そのスイングを忘れるな」

そう言い残して長嶋氏は、電話を切りました。

この電話のおかげで掛布選手はスランプを脱したとか・・・

ここでポイントなのは、長嶋氏は良いバッティングを「スイング音」のみで判断したということです。

バッティングの指導というと、「腰を回して」とか「肘をたたんで」など、細かいフォームのポイントを教えるようなイメージがありますが、電話での指導となると音しか手がかりがありません。

現役の時長嶋氏は、自宅の地下に練習室をつくり、そこを真っ暗にしてひたすら音を聴きながらスイングしていたそうです。そうして、良い音を自分のものにしていたんですね。

つまり、良い音さえなれば身体の使い方はどうでもよいということ、選手の身体や筋力にあった自分なりのフォームというものがあるはず、それは教えられるものではなくて選手自身で見つけるものだということですね。

「教えたことしかできない」を防ぐための声掛けポイント

コーチが知っておくべき、そして選手に教えるべきは、この話でいうところの「スイング音」の部分です。選手に何か運動スキルの指導をする時には、細かいやり方をトップダウン式にプログラミング(教え)しても結局は「それ」しかできない選手になってしまいます。

つまり練習の時にできても、少し状況が変わってしまうと、歩行ロボットのようにまた別のプログラミングをしなければいけなくなってしまうということ。ロボットの例でもわかっているようにそれでは実は効率は悪くなるのです。

しかしながら、その運動スキルがうまくいった時の「サイン」というものを知っているなら、どのような状況でもそのサインを手掛かりにして、臨機応変に最適なプレーを再生するということができるようになってきます。これが選手主導のボトムアップ式の練習と言えるでしょう。

この場合、その「サイン」が出たかどうかを「教える(フィードバックする)」ということがコーチの役割になると思います。

選手はコーチからのフィードバックを得て、練習の感覚等を自分の中に蓄積していきます。選手自身がうまくいった時の「サイン」を認識できるようになれば、あとはアティラのように自分自身で自立して練習ができるということです。

教えるのではなく学ばせる

いかがでしたでしょうか?今回は選手に「教える」ということと自ら「学ばせる」ということを詳しく考えてきました。

もしこの話がコーチにとっての正解だとするならば、実はコーチの仕事の大半はスキル指導でなく、選手のモチベーションのコントロールということになりますね。

皆さんも参考にされてみてください。

<参考文献>

  • サイエンス21. 翔泳社、2000年、ミチオ・カク 著, 野本陽代 訳
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