世界のイチローを育てた!野球の指導法と親子の信頼関係

こんにちは、河津です。スポーツの現場に出ていると、選手からメンタルに関する様々な質問をされますが、ジュニア世代の現場においては熱心な親御さんからの質問もとても多いものです。

その中で多い質問が「子供にどう接したらいいかわからない」というもの。
今回はそんな悩みを持つ親御さんのために何かしらのヒントになるかもしれない情報を提供したいと思います。

大リーガー「イチロー」を育てたお父さん

2001年から大リーグのシアトルマリナーズに所属しメジャーリーグで大活躍、2019年に引退されたイチロー選手。日本人であれば知らない人はいないといっても過言ではないほどに有名な選手ですが、今回はそのお父さんである鈴木宣之さんにスポットを当ててみます。

イチロー選手の少年時代、父宣之さんがいったいどのようにイチロー選手を育てていたのか?その育て方、子供との接し方をいくつか取り上げ、心理学的に考えていきたいと思います。

教えこむことはしたくない!!練習の工夫はイチローと相談して決めていた。

宣之さんは、イチロー選手が小学校3年生の時に地元のスポーツ少年団に入ると同時に自分も監督として入団し、指導を始めました。また、少年団の練習がない日は、毎日二人で一緒に練習をしていたそうです。宣之さんがイチロー選手や少年団の選手たちに野球を教える時、自分に言い聞かせていることがありました。それは「教え込まない」こと。宣之さんは自身の著書の中でこう語っていました。

『何かを教え込もうとすると、子供が嫌がったり、親に反発するようになる。それよりも子供の積極性を引き出すには、子どもの好きなことや、やりたいという気持ちを大切にしなければならない・・・』

『(親子2人での練習では)お父さんは何をするにもイチローと相談して決めることにしていました。それは、子供が嫌がることを親が無理に押しつけても将来のためには何にもならないと思っていたからです』

今ではよく耳にする「コーチング」というものはもともとスポーツがルーツにありますが今ではビジネスの世界にまで浸透しています、そのきっかけを作った著書『インナーゲーム』の著者であるテニスコーチ、ティモシー・ギャロウェイはコーチングの本質として、

『ある人間が最大限の成績を上げるために、その人の潜在能力を開放すること。そのためには指導者は仕事のやり方を教えるのではなく対象者が自ら学べるように援助をしなければならない。』

と言っています。またそういったことを心がけるために、コーチはコーチングにおけるある人間観を持つことを求めています。それは

『人は能力を有する存在であり、より良くなることを望んでいる』

ということ。何かの技術を指導する時、相手を「できない存在、やる気がない存在」ととらえてしまうと、どうしても「教えてあげる、教えなければ。自分がさせなければ」という気持ちが出てきてしまいます。そうではなく、やったことがないだけで、「できる素養はあるんだ、自分で選んだことならもっと良くなりたいと思っているはずだ、それを引き出してあげればいい!!」という感覚を持つということです。これは選手のやる気を育てるためにも非常に重要なことです。

1981年スカンジナビア航空に就任し短期間で会社を再建することに成功した経営者、ヤン・カールソンもこの感覚の持ち主でした。彼は著書『真実の瞬間』の中でこういっています。
『責任を負う自由を与えれば、人は内に秘めている能力を発揮する』と。

宣之さんもこのような感覚の持ち主だったのでしょう。フォームをいじったり、無理に教え込もうとするとその時は一時的にプレーが良くなるかもしれない、しかしそれによって子供たちは窮屈な思いをしてせっかくのやる気をなくしてしまうほうがよくないと考えたのです。宣之さんは子供たちからの相談がない限りは教えるということはしませんでした。そして以下のような、子供たちが自ら考えなければいけないような声掛けをしていました。

『(バッティングの構えについて教えている時)自然な形なら、バットは立ててもいいし、寝かしてもいい。自分が一番打ちやすいと思える構えでバッターボックスに立ちなさい・・・』

このような宣之さんの考え方があったからこそ、イチロー選手の独特のバッティングフォームが生まれたのかもしれませんね。

初めての親子げんかをどう乗り越えたのか?相互信頼、相互尊敬の関係性

他人を「勇気づけ」ることを理論化、技術化し、カウンセリングにも用いられているアドラー心理学という心理学の体系が、近年注目を浴びています。ここで使われている「勇気」という言葉は、「生きることに活力を与えるもの、これがあれば困難な状況下でも自分の能力をフルに活用できる」ととらえられています。勇気づけるとはつまり、そんな活力の源となるようなものを与えることと言えるでしょう。

そのアドラー心理学の中で、他人を勇気づける前提条件として、勇気づけたい相手と「相互信頼・相互尊敬」の関係性が築かれていることがあげられています。ここでいう信頼とは「根拠を求めず相手を信じる」ことです。「もう少しあの子が素直だったらね・・・」「勉強をしっかりやればね・・・」など、何かしらの見返りを求めることは信頼ではありません。もちろんこれは甘やかすこととは違うということは断っておきます。そして尊敬とは、「立場の違いはあるが、人間の尊厳には違いがないと認識し、礼節を持って接する」ことです。こちらの立場が上だからと言って相手の人間としての尊厳が低いわけではありません。

そして、そういった意味での「相互信頼・相互尊敬」の関係を相手と築きたい場合、こちらが「より早く、より多く」信頼・尊敬しなければなりません。なぜなら勇気づけをしなければいけない人は基本的には立場が上のことが多いからです。立場が上の人間が「より早く、より多く」することでバランスが取れるのです。

この話を踏まえて、宣之さんがイチロー選手と初めて親子げんかをした時のお話を見てみましょう。著書の中ではこう書かれています。

【 昼間の練習で親子げんかをして二人とも言葉をかわさないままの暑い夜でした。『どうしたらいいのだろう』そう考えているお父さんの目の前にイチローの足が見えました。・・・思わずお父さんがその足首をつかむと、ぴくっとためらいが走りましたが、お父さんはかまわず『足が疲れているようだな、お父さんがもんであげるよ』と言って、イチローの返事を待たずにマッサージを始めました。イチローは気持ちが良かったのかお父さんのなすがままに、そのうちウトウトし始めました。『眠くなったらそのまま眠りなさい。明日また、お父さんと一緒に野球やろうな』その言葉にイチローはこっくりとうなずいてやがて寝息を立て始めました。
次の日お父さんはイチローが目覚める前に起きて、夕べと同じようにマッサージしながら言いました。『今日も待ってるからな。学校から帰ったらすぐ練習しような』『うん、わかった』イチローははっきり返事をしました。 】

さらにこう続いています。

【 小さなイチローがお父さんに『ありがとう』といったことはありません。まだ小学校三年生です。お父さんの気持ちが十分にわかるほど、心の発達もできていませんでした。・・・中略・・・『お父さんはイチロー自身に何も求めていない。イチローが求めていること、やりたいことをさせてあげたい。そして、イチローの才能を伸ばしてあげたい、と願っている』イチローはそういうお父さんの気持ちがだんだんにわかるようになっていったのです。 】

どうでしょうか?宣之さんの言動、その気持ちに見返りを求めるような節がありましたでしょうか?まだまだ未熟なわが子に対しても尊厳を認め自ら進んで信頼・尊敬をしていたのではないでしょうか?
そして、宣之さんの思いはイチロー選手に届いたのでしょうか?そのことが良くわかるイチロー選手のインタビューの様子が斉藤茂太著「イチローを育てた鈴木家の謎」の中で紹介されていました。

【 (インタビュアーが)『イチロー君、私は君のお父さんに関心があるのだけれど、君のお父さんはどんなお父さんだった?』そこでイチロー選手はこう答えている。『絶対に裏切らない親父でした。それに何事も口で言わないで行動で示してくれた親父でした。絶対に信用できる親父です』簡潔にして明瞭な答えだ。 】

どうやら、宣之さんの気持ちはイチロー選手にまっすぐに伝わっていたようです。

いかがでしたでしょうか?あの偉大なイチロー選手を育てたお父さんですから、何か特別な指導法や声掛けの手段があったかと思いがちですが、何のことはない、ひたすらにわが子を信じ、自分の気持ちを正直に行動に表わしていただけです。そして、それは決して甘やかしではありません。もちろん宣之さんは、間違ったことをわが子がした時は、厳しくしつけていた部分もありました。
このような当たり前のこと、当たり前の考え方、それを常に実行し続けたところにこそ宣之さんのすごさが見て取れるのではないでしょうか?

<参考文献>

  • 大リーガーイチローの少年時代、二見書房、2001年、鈴木宣之 著
  • イチローを育てた鈴木家の謎、集英社文庫、1999年、斉藤茂太 著
  • 勇気づけの心理学、金子書房、2002年、岩井俊憲 著
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